物語のある絵画は魅力的ですが、それが実話ならば、さらに惹きつけられるものがあります。このドラマチックな作品の舞台はハバナ湾の水中です。当時14歳の孤児で船乗りだったブルック・ワトソンは、泳いでいたところを突然イタチザメに襲われました。ワトソンが叫んで助けを求めると、船員達が急いで駆け寄ってきましたが、イタチザメはまたもやワトソン少年に襲いかかって水中へ引きずりこみ、彼の足の一部を食いちぎりました。半狂乱に船員達はワトソンを引き揚げようとしています。そのワトソンはというと、波打つ水の中で幽霊のように白く裸で非力で、そして右足は流血しています。船員達が捕鯨用の銛(もり)でサメを突こうと準備する中、サメは顎を大きく開き三度目の襲撃を試みようと近づいてきています。次はどうなるのでしょう?どんな結末を迎えるのでしょうか?
幸いにもワトソンは、膝下半分の切断は余儀なくされたものの、この災難を切り抜け生きながらえました。この出来事の30数年後、ワトソンはロンドンで商人として成功しており、アメリカ人芸術家であるジョン・シングルトン・コプリーにかつての恐ろしい体験を作品にしてほしいと制作を依頼したのです。コプリーはボストンで生まれましたが、芸術への野心を追い求めてイギリスへやってきました。10年以上当時の植民地で肖像画家として成功していた彼は、歴史的意義のある場面を描くことに憧れを持っていました。彼の初めての歴史的な絵画作品は、神話や古代の有名な人物を取り上げたのではない点がユニークでした。そうとはいえ、この作品は芸術批評家と庶民の両方を引きつけ、芸術界に永久的な影響を与えました。
歴史的芸術のジャンルにおける重要性のほかに、この絵画はすべてのサメが人喰いの怪物という伝説をひろめました。興味深いのは、コプリーの解釈で描かれたサメの口、前向きの姿勢、哺乳類のような目、奇妙な形をした不完全なヒレからするに、コプリーはどうやらサメを見たことがなかったということです。しかしながら、この瞬間の力強い演出(ワトソン、サメ、ボート、そしてハバナ港の水平な要素に対して、かいで水を切るほぼ垂直な銛(もり)によって強調されている構図)と船員達の多様な感情(恐れ、哀れみ、怒り)は、サメの不正確さを埋め合わせる以上の効果をもたらしています。壮大な絵の大きさ(182.9cm x 228.6cm)も視覚的な強烈さを添えています。ワトソンの死後、この作品は、逆境に直面する若者に向けた希望と励ましの印としてクライスト・ホスピタル(学校)に遺贈されました。
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