宵のヒマラヤ by Vasily Vereshchagin - 1875年 - 39×28 см 宵のヒマラヤ by Vasily Vereshchagin - 1875年 - 39×28 см

宵のヒマラヤ

油彩/カンヴァス • 39×28 см
  • Vasily Vereshchagin - October 26, 1842 - April 13, 1904 Vasily Vereshchagin 1875年

ヴェレシチャーギンは8歳の時、両親の希望で、ロシア北部ツァールスコエ・セローの名門アレクサンドロフスキー幼年軍学校に入学させられます。その後、サンクトペテルブルクの海軍士官学校に進み、1858年には最初の乗船任務に就きました。しかし、時が経つにつれて軍教育に対する不満を募らせたヴェレシチャーギンは除隊し、芸術の道を目指します。ほどなくして、彼は『求婚者たちを殺害するユリシーズ』という作品で、サンクトペテルブルク美術アカデミーからメダルを授与され、その後パリに渡り、名門エコール・デ・ボザールに入学、オリエント地方を描いた作品で名高いジャン・レオン・ジェロームにしばらくの間師事しました。ヴェレシチャーギンの複雑な細部へのこだわりや熟練した光の描写には、ジェロームの影響がうかがえます。19世紀、彼は写実的な戦争画で有名になりました。

彼は10年以上にわたって、多くのエキゾチックな土地を旅しました。オリエンタリズムのスタイルで描かれた作品群は、この才能豊かな画家の波乱万丈の旅と人生の記録なのです。1874年にヴェレシチャーギンは妻を連れて2年間のインドへの遠征旅行に出かけます。道中、多くの苦難に見舞われますが、ヒマラヤの自然の風景に深いインスピレーションを受け、150点以上のスケッチを遺しました。 

戦争画でよく知られているヴェレシチャーギンですが、今日の作品のように穏やかな風景画にも長けていました。この絵には、背景には冠雪したヒマラヤ山脈の威容が、前景には穏やかな緑の草木が卓越した技術で描かれています。 

- Maya Tola

P.S. ヴァシ-リー・ヴェレシチャーギンのインド紀行について詳しく知りたい方はこちら